東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)

  11, 2011 22:57
この度の、東北地方太平洋沖地震で被災された方々に、
心よりお見舞い申し上げます。
そして、皆様が一日も早く災害から立ち直られます様、お祈り申し上げます。

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 …4/1(金)
   今回の震災の呼び名を「東日本大震災」とすると発表しました。…
 
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まだまだ、余震も続いているようです。
皆さん、気をつけてください。
千葉県、神奈川県、宮城県に親戚、知人がいます。
なかなか電話も繋がらず、
夕方近くになって、連絡がきたとの事。
ただ、宮城県(石巻市、気仙沼市に住んでいます)の親戚の様子がわかりません。
テレビから、とても辛いニュースが伝わってくるので…
どうか、無事でいますように、願って、祈っています。
       
       ~3/11 記~

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未だ 宮城県の親戚と、連絡が取れないままです。
それでも、母も、横浜の親戚と連絡を取り合っていますし、
私の方でも、事情を知っている友人が、
いろいろ調べたりしてくれて … 感謝の気持ちで一杯です。
希望を持っていたいと思います。

今まで経験した事の無い大地震で、
あんなにも 怖い と思ったことは、今まで無かったように思います。
地球が、大地が、何かを叫んでいるような、
あの時の、全身で感じた感覚が忘れられません。
私の住んでいる所では、大きな被害はありませんでした。
あの時以来、テレビから刻々と伝わってくる被災地の被害状況を見て、
胸がつぶれるような思いです。
出来ること、を考えながら、
ひたすら、皆様の無事を祈っていたいと思います。
       ~3/14 記~


今日、お昼頃に、宮城の 親戚の無事が確認出来ました。
聞いた時は、ほっとして、
ここ数日、強張っていた心が、ふっと ほどけたような…
近くの中学校に避難していたらしく、
皆で励まし合いながら過ごしている、と。
昨日、「twitter にこういう事が書かれてあるよ」と教えてくれた人がいて、
一筋の光が差し込んだようで、
帰宅してからも、母に、「諦めないでいようね」と。
ごめんなさい。
文がまとまっていないと思いますが、
でも、まだ、別の所に住んでいる親戚もいるので、
とにかく、祈り続けています。
       ~3/14 夜 記~


真夜中に目を覚まし、
突然、何か、想いが込み上げてきて、
「どうか、日本を助けてください」と…

各国からの支援に、心がいっぱいになります。
今、「原発」の事も、とても気になり…
「原発」に対して思うこともいろいろありますが、
もしかしたら、死と隣り合わせ かもしれない状況の中で、
命懸けで、必死に食い止めようとしてくれている人達…
現実が、とても重くのしかかってきます。
それでも、
こんな状況の中でも、
何かを学び、前へと向かって進んでいけるはず。
絶対に諦めないこと。
信念、希望は、どんな暗闇の中でも、
消えることなく、輝き続けているから。


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4月下旬頃、記。

 blog に書くことを、ずっと迷っていましたが、
 書き留めておきます。
  
 昨年、秋ごろ、不魚だった時期に、
 たくさん秋刀魚を送ってくださった方がいます。
 私から見ると遠い親戚に当たる方なのですが、
 その方が、津波で流されて、亡くなられた、と。
 聞いた時は、やはり、呆然として …
 今はただ、感謝の気持ちと、
 安らかに眠ってください、と思うばかりです。

 そして、石巻市の親戚が、津波で家が流された、と。
 釜石市に会社関連の寮があるので、
 今は、そこでご家族とともに生活していらっしゃる、とのこと。
 最近、やっと物資を送ったりすることが可能になってきたので、
 母が一生懸命してくれています。
 親戚は、みな、「大丈夫」としか言いません。
 そんなわけ、ないのに。
 負担にならないよう、
 出来る範囲内でしていきます。
   
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